目標を立てると、なぜか息苦しくなる。
手書きのノートに頭の中を書き出していく中で、自分について真っ先に浮かんだのもその違和感だった。
息苦しいもの、動けるもの
目標を立てると息苦しくなる
目標設定をすると息苦しく感じる。
3ヶ月目標も1ヶ月目標も続かなかった。
途中で自分のやりたいことが変わってしまうため、当時決めた通りにやり遂げるのが難しい。
やめられない予定がいちばん重い
日時が決まった予定も同じく息苦しい。
美容院の予約が嫌いだ。できれば予約などせず、思い立った時にふらっと行ける場所がいい。
日付を決めて人に教わるレッスンも長続きしなかった。
理由は日時が決まっていることと、相手がいることの両方にある。
その場ではなく、あとから添削してもらう形なら抵抗は少ないし、自分でペースを決められる動画講座なら最後まで見ていられる。
息苦しさは、予約を入れた瞬間ではなく当日が近づいてからやってくる。
行きたくないかもしれない未来の自分を縛っている感覚が近い。
「やめたくなったときにやめづらい」という拘束がプレッシャーになっている。
締切から逆算するのは得意
締切からの逆算は得意だ。
目標を立てるのも予定を固定するのも息苦しいのに、締切があるものを逆算してこなしていく作業はうまく回る。
同人誌の締切に合わせて日々の作業スケジュールを組み、その通りにこなしていく。
締切を守りたい理由は、守れなかった時に当日の机に新刊がないのが嫌だからだ。
頭の片隅では「間に合わなくても最悪既刊は置ける」と考えている。
それでも新刊を出して当日を楽しく過ごしたい気持ちが勝つ。
その差はどこから来るか
苦しいのは拘束そのものではなく、やめた後に自分を責めるから
苦しい本質は罪悪感にある。
やめづらさの中身を観察してみると、相手への申し訳なさと自分への罪悪感だった。
予定をやめたらやめたで、「これで良かったのか、よくなかった気がする」と自分を責める時間が始まる。それがわかっているため、気が重くても結局行くことになる。
締切がここまで軽いのは、間に合わなくても「最悪既刊は置ける」と頭の片隅で思っているからだ。
やりたいことが途中で変わること自体は辛くない。
辛いのは、目標として書き残してしまうと「その時やりたかったことなのにもうやりたくないんだな」という空虚さが生まれる点だ。目標を立てなければ、この空虚さは起きない。
やめた自分を許せるのは、他人に何も影響がない時だ。興味がなくなってしまえば、どうでもよくなる。
締切の正体は、作業を日割りにする目印
締切は作業を日割りにする目印だ。
興味が最も向いている瞬間なら、締切がなくても作業は一気に進む。
一気に進んだ時の条件を振り返ると、「新しい題材」で「とにかく小さかった」。
作り方や実際の作業は、最近はAIが担ってくれる部分もあって楽になった。ただし漫画の作画だけはAIに任せられない。
作業量が多くてめんどくさいものには締切が必要になる。同人誌はその典型だ。
めんどくささの内訳は、単調な反復作業と判断の連続にある。
構成やネームを考える工程までは楽しい。作画や実際の文章に書き出す段階に入ると辛くなる。
1日にどのくらい進めるか計画を立てて配分する必要があり、計画すること自体は結構好きだ。
締切は自分を縛るものではなく、まとまった作業を日割りにするものだ。
続け方の使い分け
習慣は「毎日」では続かなかった
毎日続ける習慣化は難しかった。
習慣化は難しいが、やっていて心地よいものは、ムラがありつつも続いている。
具体的には朝食後のブレインダンプだ。手書きのノートに思考を吐き出す作業で、心地よさの中身は「書いた後にスッキリする」感覚と「書くことで思考が進む」感覚の両方がある。
「10分だけやる」とあらかじめハードルを下げておくと、開始時の抵抗が減る。結果的に10分以上続けられたりする。
ただ、毎日やると決めると苦しさがある。
やりたくなかったらやらないと割り切れば気はラクになる。そのまま続かないことも多々ある。
締切を置くもの、置かないもの
対象によって締切の要否を分ける。
自然な締切が存在しないけれど作りたいものとして、デジタルガーデンとゲームがある。
デジタルガーデンに締切を入れると、気が重くなる。入れなくても、興味が別の方向へ移れば更新は止まる。
更新が止まっても他人に影響はないため、自分を責める材料にはならない。
止まることを前提にして、いつでも戻ってこられる再開のしやすさを設計しておく。
ゲーム制作は作業量が多くてめんどくさい部類に入る。締切を設定しないと完成までいかない可能性が高い。
作った経験がまだないので、どこで息切れするのかは分からない。